4月 27th, 2009
人間の能力の総和は、一生を通じて決して変わることが無いと思っている。
生まれたばかりの赤ちゃんであっても、普通気が付かないかも知れないけれど、大人には想像の付かないような能力を持っていると思う。こと、自分を振り返ってみても思い当たるフシが結構あるものだ。
幼少期の僕は、今(30歳11ヶ月)の僕と比較すると、相当の創造力を持っていた(と自分では思っている)。
小学校1年生の時に、音楽の時間で、ろけっとばびゅーんという歌があるのだけれど、その歌に対して振り付けをつける様に指示をされたのだけれど、クラスの誰もが考えつかない振り付けをして、先生に褒められた記憶がある。
良く絵や作文を書いては、市長賞みたいのを取って、お偉い役人さんの前で読んだことも憶えている。
僕も今では大人になり、幾分ずるがしこくなり、幾分専門知識を持っており、幾分生きていく力を得ることができた。ただし、確実に失われている力がある。
それはうまく○○力なんていう言葉で表現できないのだけれど、こう、物事や気持ちを心から受け止めて、自らを震わす力。思春期の僕にはその力があって、何ていうか、物事に対して、こう魂が向かっていく感じで、すうっと迎えにいける感じが常にあった。
その力は中学校3年生のときにピークを迎えたと思っている。
そしてその力がピークの時に感じた、僕の中で16年経過しても色褪せない、不思議な、たった2時間の記憶を、一番創造力が減退している(これからも減退する可能性は高いが)現在の自分が書き留めるのも面白かろうと思って、いまPCをタイプしている。
北海道の9月は、東京とは違い、薄ら寒くて上着が必要になるほどだ。中学3年生の僕は、さみーなーと思いながら、クラスメートのみんなと学校から少しのところにある北園公園で、来る学校際に向けての劇の練習をしていた。
その劇と言うのは、今の自分に書けっていわれても絶対書けないのだけれど、脚本は僕が全て一人で書いた。いまさらながらその頃の自分には驚愕するのだが・・・
ビルマの竪琴に少し感化された、戦争によって分断された父娘の話。その劇には、主役(この劇には3人の主役がいるのだが)の一人も僕が演じていた。
もう時効だから言うけれど、劇中の僕の妻は、病気で死んでしまうのだが、その名前には当時僕が好きだった女の子の名前を一部引用していた。(恐らく中学時代の友人もこれを見るだろうから、それが誰だったのかはぜひとも推測してほしい)
不思議な記憶というのは、その劇の練習が終わって、僕らが遊び始めようとした時点から紡ぎだされた。
ふと、ジャングルジムの右側の広場に人だかりができていた。見ると、恐らく小学生であろう一団が言い争いをしていて、
真ん中に不自然なぐらい背が高い女の子が、
彼女から見れば奴隷のように小さい男の子たちに囲まれて、何かを言われている。
見ていると手も出ているようだ。
これはいかんな、と思い、僕とクラスの男子で詰め寄る。
「何しての?おめーら?」
僕らは大きい中学生だから、女の子をいじめていた男の子たちは後ずさる。
でも、奴らは減らず口をたたいて、
「こいつが気持ちわりーから、懲らしめてたんだよ!」
なんて平気でのたまう。罵倒の言葉を吐き捨てながら散って逃げていく。
「大丈夫?良かったね、もう平気だよ」
クラスメートが女の子に言う。
「さぁさぁ、俺らもいこーぜ」
別のクラスメート。先に行ってしまった。
僕もその後、劇の打ち合わせがあるので、帰ろうと思った。
でも、その女の子がちょっと神妙な感じで自身の足元を見つめているのを見て。
あと、実は劇の練習にも僕の好きな女の子が一緒にいたから、ちょっと格好つけようという邪まな気持ちで、
「どうしたの?なんでいじめられちゃったの?」
と彼女に声をかけてみた。
彼女はおもむろに、ゆっくりと顔を僕の方に向けてこう答える。
「いっつもなんだぁ。こういうの」
「いっつも?」
僕は一歩近づいて答える。
「どうしていっつも?」
「わたしばかだから」
(馬鹿って自分で言わなくてもいいだろうに)
「ちえがおくれてるの、わたし」
(え?)
「それをみんなしっていて、みんなこうするの」
(・・・)
ちょっと沈黙を置いて。
「今何年生?」
「5年生。」
何を言おうか、本当に困惑してしまった僕は、
適切な台詞を思い浮かべることもできず、それこそ馬鹿なことを言う。
「そしたら、あと1年ちょっとで卒業だから、そしたらいじめられなくなるよ」
「でも、中学校のせんぱいもあたしのこと知っていて、来たらいじめるっていってるんだ」
「・・・・・」
「ま、いいんだけれど」
にっこり笑って彼女は言った。
どうしていいか分からなくなった僕は、
「一緒にあそぼっか」
と言って、ターザンロープを指差した。
僕の運動能力というのは、ある一部の球技やスキルに対しては極めて高いのだけれど、ジェネラルな身体能力や運動神経は一般から比べてもかなり低い。
だから、ターザンロープで遊ぼうと言ったのは、自ら墓穴を掘るようなものだった。うまく反動をつけて滑ることができない僕を横目に、彼女は勢い良く加速していく。
まぁいいか、、と思いつつ。
小30分くらい一緒に遊んでいると、空はすっかりオレンジを強くしていて、また急に冷え込んできた。
「そろそろ帰ろうか。」
「うん。」
「送っていくよ。どっちのほう?」
「けっこう遠いんだよ。わたし自転車で来てるの。」
「そしたら僕は走って追っかけてくよ」
「うん、わかった。」
自分の家とは正反対の方角だけれど、なぜか送っていきたいと思って、伴走することにした。
「そういえば中学校に行ったら何したいの?」
「部活をやってみたい、たのしみ」
にっこり笑う。
「いいねぇー・・、僕も部活やってるよ、バレーボール、」
「バレーボールいいなぁ。」
「んー、じゃあ僕が教えてあげるよ」
僕は調子のいいことを言い放つ。現実的には彼女が中学に上がるときには、
僕は高校生になっており、彼女にバレーボールを教える機会は無いにも拘らずだ。
「でも、またみんなにいじめられるから心配だなぁ」
「わたしにヤキいれるってせんぱいが言ってる」
「まぁいいけど」
彼女は笑顔でそんなことを言い続ける。
僕には答えが無い。
少し走って、もう学校の校区を大きく超えていた。
彼女の家は、伏古公園の近くだと言う。さらに1KMくらいの距離がある。
どこまで一緒に行こうか、迷いつつ、踏ん切りがつかなくて僕は走り続ける。
「そういえば、おうちの人は?」
「んー、お父さんとお母さんなかがわるくて」
(そんなこと聞いてないよ?)
「あと、わたしに対してなんかよく怒るし、嫌われてるようなの」
「いつもいえ帰っても誰もいないの」
僕にとっては結構衝撃的なことでも彼女はあっけらかん、と何事も無いかのように言い放つ。
どうしよう、僕には何が言えるのだろう?
僕には答えが無い。
僕には答えが無い。
中学生ながらに自分は結構、何でもできる人間だと思っていた。でも、僕は彼女に何も言えない。何もできない。
涙が出てきた。辛いことを言ってる彼女が笑っているのに、なぜ僕が泣かなきゃならないのか。
僕には答えが無い。
「もうここでいーよぉ」
気が付くと、丘珠通りのところまで来ていた。
「ひとりでいけるからさぁ。」
信号の前で彼女はこういう。信号が青になれば、サヨナラだ。
「ねぇ、きみ名前はなんていうの?」
「わたしは、イシグロメグミ」
イシグロメグミ、彼女が本当にそう言ったかは実は、僕は覚えていない。
彼女の名前がイシグロメグミかどうかは、分からない。
でも、15年を経過した今でも、僕の中での彼女はイシグロメグミだ。
たぶん、もう彼女に一生会うことは無いと、そのときの僕はなぜか思っていた。
別れのとき。
にもかかわらず僕には答えが無い。
僕には答えが無い。
僕には答えが無い。
「気をつけて帰ってね。」
そして僕らは別れる。
その瞬間に愕然とする。彼女の名前は「イシグロメグミ」だっただろうか?
僕はなぜ彼女の名前をしっかりと覚えられなかったのだろう?
不完全な名前で憶えているのだろう?
自分の無力さに涙が止まらなかった。
僕は自分が格好つけたかっただけで、結局は彼女の役になんかたっていない。
僕には結局答えが無かった。彼女の名前すら不完全にしか覚えていない。
すでに周りは真っ暗になっていて、街路灯の明かりを避けるように下を向いて涙をぼろぼろ流しながら歩いた。
家に着いて、両親が怪訝な顔で僕を見る。
「何泣いてんだ?」
「何でも無い」
僕はそういって、速攻服を脱ぎ捨て風呂に入る。
さっさと体を流して、なぜかいつもとは反対向きに湯船に浸かった。
まだ涙は止まらない。
彼女は僕に会ってどうだったのだろう?何か救われたのだろうか?
あれから、15年の歳月が流れたけれど、まだ鮮明に出来事を覚えている。
ただし、彼女の名前だけは不完全だ。
今でも僕は彼女に対する答えを何も持っていない。
僕はあのときの無力感をまだ埋められてはいない。
ただ、イシグロメグミは元気だろうか?また笑っているだろうか?
それだけは純粋に今でも、とても気になる。
それだけで良いのかもしれないけれど。
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